まちづくりoffice


komachi vision

東日本大震災後の復興を目指し、地域の幅広い活動をサポートする、「 まちづくり事業」です。 もっと詳しくみる

Guest House Komachi


ゲストハウスがプレオープン!

「忘れかけた日本」を見つけに

田舎の旅に出かけてみませんか

 

 大正14年創業の鄙びた小さな温泉宿を「旅館を使った民泊」としてゲストハウスに再生する…そんなプロジェクトが現在、少しずつ「かたち」になろうとしています。

震災復興の途中のため、まだ施設的には限定的な営業ですが、小野町や周辺の地域においでの際は、ぜひご利用下さい。 


歴史 History


小野小町伝承と温泉

■太古の昔


 温泉の紀元は自然噴出している温泉のため正確にはわかりません。小町温泉の位置する阿武隈山地は、鍾乳洞も存在する大変古い地層で活断層がなく、「なぜ温泉が自然噴出するのか」はよくわかっていません。

■1200年前


 平安時代の始め、小野篁(おのののたかむら)という人物が都よりこの地を訪れ、小野郷(現在の小野町・田村市滝根町と大越町の一部)の基礎をつくり、その時小野郷の土豪の娘・愛子(めずらご)との間に小野小町(おののこまち)が生まれたと伝えられています。現在の小町温泉の近く、JR小野新町駅の裏手に小野篁館跡や小野小町の母を祭る神社があります。

当館駐車場内には、小野小町生誕の地のモニュメントがあり由来を伝えていましたが、震災後「小野町ふるさと文化の館」の裏へと移転しました。

■400年前


 戦国時代にはすでに当地は「湯之原」と呼ばれ、江戸時代にはこの地は「湯之原古戦場」と呼ばれていました。この温泉が当時から認知されていた事が確認できます。伝承によれば、落ち武者の嘉部須越中(かべすえっちゅう)という人物が、天正年間に湯治場の基となるものを始めたと云われています。 

■200年前


 江戸時代後期の文化7年(1810年)、二本松領の俳人、塩田冥々とその門人根本与人らが行った磐城紀行「磯まくら」と言う書物の中に、小野町に立ち寄った際に小町温泉に宿泊したという記述があります。

「八ツさくといへる温泉に伴え行。いとわびしき所也。田の水をまハして得たる魚を湯守が小鍋にぐつぐつと煮ほどに…」とあり、当時から賑やかな温泉ではなかったのですね。(笑) 当時は谷津作温泉と呼ばれていました。(谷津作は現在の大字、江戸時代の村の名前です)

創業は大正14年

■約100年前


 大正14年(1924年)、旧暦8月11日(新暦9月9日)、廣太屋が創業され建物の新築準備が開始されました。そのため、この日を「創業の日」と定めています。

 翌、大正15年(1925年)旧暦4月20日(新暦5月12日)、「営業許可下り開業す」と記されています。当時は「志ぼ湯(澁湯)廣太屋」と表記されていました。当社の敷地内にある「もう一つの小町温泉」である茶色の源泉を「しぼゆ」と読んだらしいのですが、長い時代の中で「しぶゆ」と読むようになったようです。

 創業者の「二瓶彦太」は小野郷の一つ、田村郡廣瀬村(現在の田村市滝根町廣瀬)の出身だったために、廣瀬の彦太の宿ということで「廣太屋」と名づけたようです。正式名称の「さんずい」がつく「廣」の字は三代目の「二瓶章」が、画数が良い事と、字の意味(海や湖など大きな水辺の広さを表す)が良いという理由で採用しました。 

■約60年前


 昭和31年(1956年)、小野町出身の作詞家「丘灯至夫(おかとしお)」先生と福島市出身の作曲家「古関裕而(こせきゆうじ)」先生の手になる「小町温泉小唄」が完成し、小町温泉組合が正式に発足しました。そして、これが当社が地域と関わる「まちづくり」の最初の事例となりました。

 歌と言えば、昭和42年(1967年)に制定された福島県民の歌を作詞したのも、小野町の吉田武さんと言う方です。

小野町は「小野小町」から続く「うたよみ」の郷なのです。

昭和36年会社設立

■約60年前


 事業を法人化し、昭和36年(1961年)「有限会社 磐山荘 廣太屋」が設立されました。それと前後し、昭和35年(1960年)と昭和41年(1966年)に二度の建物火災にあい、一時は廃業・移転等の意見もでるなど非常に厳しい経営を迫られましたが、なんとかその困難を無事乗り切り、会社を存続させました。

■約10年前


 平成18年(2006年)1月27日、旅行新聞新社主催の第31回「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」選考審査員特別賞「小規模和風の宿」に廣太屋が選ばれ受賞いたしました。当館はちっぽけな田舎の温泉宿であり、施設・料理ともに並のレベルでしたが、泊・食分離の細かな設定や、ホームページでの情報発信、またお部屋だしなど昔の旅館のイメージと伝統を残しているという事などを評価していただいての受賞でした。分不相応な受賞であり身に余るものと感じておりますが、同時に大変励みになる受賞でした。

■東日本大震災


 平成23年(2011年)3月11日、東日本大震災が発生しました。地震による影響で温泉が枯渇状態になりましたが、1ヶ月ほどで再び源泉は復活しました。ただ、その後の余震の影響で、配管が損傷したり、別源泉の石垣が崩落したりなど、被害が相次ぎました。

 何よりも震災後の原発事故による風評被害が深刻となりました。直線距離にすると当地域は「いわき市」よりも原発に近い30数キロの距離であり、より「危険」なイメージが広まってしまったためです。

 一般のお客様を受け入れできなくなった為、その後は復興支援関係の受入等で、細々と会社を存続させてきました。

■まちづくりofficeの発足


 震災後の困難の中で、あらためて「地域」があってこその「事業」である事を痛感した私達は、震災から7年を経た平成30年(2018年)4月、地域とともに事業を再生し、かつ「ふくしま」の復興を目指す事を目的として、地域の幅広い活動をサポートする「まちづくりoffice」を社内に立ち上げ、「こまちvision」と名付けました。

 同時に旅館をゲストハウスとして再生するプロジェクトを開始しました。