カタールの恋


平成5年(1994年)9月20日 OPINION掲載

二瓶 晃一 (執筆当時32歳)

 遠く反対側のスタンド上段にある電光掲示板の時計を、目をこすりながら見ていた。一 瞬のざわめきがおこり、確かに残り時間を示す数字は0になっていた。『もう、試合終了 だ。日本がワールドカップに行く!』心の中 でそう叫んだ次の瞬間、体中の血の気がひいていくのを感じた。私の目の前で日本のゴー ルネットがゆれたのだ。勝たなくてはいけな いゲームを引き分けて、夢はまた、振り出し にもどった。去年の10月28日、カタール はドーハでの出来事だった。

 


  カタールでの日々は、そんな強烈な応援の他にも、初めてアラブ世界を見る感動や、 サッカー談義に花を咲かせる毎日でとても楽 しかった。

 

 サッカーは世界で一番盛んなスポ ーツ。だからサッカーを通して世界中の人と話ができる。カタールでもそれは同じだ。地元の人達や出稼ぎに来ているインド・バン グラディッシュの人達。それに応援に来てい る韓国やサウジアラビアの人々。結果はとも かく、いろいろな人達と話ができた。

 

 そして、 もちろん、日本から空路一日半をかけてカタ ールまで行った、若いサポーター達と一緒に行動できた事もまた忘れがたい想い出だ。  

 

 あれからもう一年近くが過ぎようとしてい た9月のある日、一通の手紙が私の手元に届 いた。その中には、カタールでの写真と、何 ヶ月も送るのが遅れてしまったお詫びの文と、そして、結婚披露宴(二次会)の招待の事が 書かれてあった。  

 

 カタールで同室であったK君と、どうゆう わけか私が、滞在している部屋まで案内した3人娘の中のうるちゃん(中学時代にウ ルトラの母に似ていたからこう呼ばれている らしい)ことYさんが結婚する事になったらしい。  

 

 昨年の暮れに国立競技場で会った時に、「 今、つきあってるんです。あの時、二瓶さん が部屋まで連れていってくれたから…二瓶さ んが『愛のキューピット』なんです。」なん て言われて、『愛のキューピットなんてガラ でもないし、(自分も独身なのに)人の世話 してるとこじゃないのに、いやはや…』と、 思ったが、その後は特に音沙汰がなかったの で、結婚と言う話には多少びっくりした。  

 

 そんな経緯の関係上、「今回、式は身内だ けでするので、二次会のパーティーにぜひ来 てくれーい」などと言われると、まるで自分 の妹や弟が結婚するような気がして、思わず 微笑ましくなり「へい、必ず行くよ」などと 軽く渋谷でのパーティの出席をOKしてしま った。


  ちょうど、その前日には私の同級生のS君 の結婚式があった。S君は国際結婚の為に、 ものすごい数の書類を入国管理局に提出しな くてはならず、大変だったようだ。その何十 種類の提出書類の中に「結婚式予約証明書」 なるものがあり、彼いわく「式場の予定がま だつかないので、これ書いてくれない?」と言う事で、私が証明書なるものを書いてあげた。(入国管理局のおじさん、ごめんなさい)  

 

 しかし、確かにビザや国籍入手のための偽装結婚などの対策の為とはいえ、こんな証明書まで必要なのかと少し呆れた。ほんとうに愛し合って国際結婚する人達にとっては迷惑千万な話だ。善し悪しは別にして、あらため て、「日本って鎖国しているんだなあ」と感じてしまった。  S君の結婚披露宴も会費制の小さなけパー ティだったが、何かほんのりとアットホーム な感じがしてとても良かった。

 

 最後のスピー チはモーニングとウエディングドレスを着替え普段着になって御礼のあいさつをした。形 式ばったり、いかにも「お金をかけてます」 の様な結婚披露宴が多いなか、ほんとうにす がすがしく同級生達も「こんな結婚式がいい なあ」とうなずきあっていた。考えてみると 何万円もご祝儀を「請求」する結婚披露宴の 方が異常な事のような気がする。これからは こんな小さな披露宴が主流になることだろう 

 


 

  東京での、K君とTさんの結婚披露パーテ ィーも、もちろん小さなレストランを貸し切 って仲間たちがワイワイやる「宴(うたげ)」だった。 カタールでの仲間達もたくさんつめかけて、 久しぶりに再会し、砂漠の風景や毎日続いた 青空や、ペルシャ湾の海の色などが想い出さ れて、とても楽しかった。  

 

 新郎新婦に「二瓶さんも早く幸せになって 下さい」などと言われて、ただ苦笑するしか ないのも、われながら情けない気もするが、 すぐに心の中で『まあ、いいか』などと思ってしまうところが我ら「結婚しないかもしれ ない症候群世代」のいけないところなのかも しれない。  

 

 ともかく、シェザンホテル115号室で生 まれたカタールの恋は、キューピットの知ら ない所で、知らない間に育まれ、大きく実を結んだようだ。羽の無いキューピットは、そ れを見届けると、急ぎ高速バスに乗り込み、 故郷にむかったのだった。

 

めでたし、めでた し